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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)90号 判決

東京都葛飾区東四つ木三丁目九番一二号

原告

廣橋邦子

右同所

廣橋佳子

右同所

廣橋良太郎

右三名訴訟代理人弁護士

黒岩哲彦

田中隆

吉村清人

青柳孝夫

荒木雅晃

東京都葛飾区立石六丁目一番三号

被告

葛飾税務署長 網野登

右指定代理人

池本壽美子

佐藤謙一

中川莊六

大原満

井倉博

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告が平成二年三月一四日付けで廣橋良人(以下「良人」という。)に対してした次の処分を取り消す。

一  良人の昭和六〇年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分

二  良人の昭和六一年分の所得税に対する更正のうち総所得金額一六七万八四四二円及び納付すべき税額三万九六〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定

三  良人の昭和六二年分の所得税に対する更正のうち総所得金額一五四万八五二三円及び納付すべき税額二万七〇〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定

第二事案の概要

一  本件課税処理等の経過(この事実については、当事者間に争いがない。)

1  良人は、個人タクシー業を営み、青色申告の承認を受けていた者であるが、平成元年三月六日、死亡した。

原告廣橋邦子(以下「邦子」という。)は良人の配偶者であり、原告廣橋佳子及び同廣橋良太郎は良人の子である。

2  被告は、平成二年三月一四日付けで、平成元年二月二八日付けでなされた青色申告の承認の取消処分を取り消すとともに、昭和六〇年分以降の所得税について、良人に所得税法(以下「法」という。)一五〇条一項一号の規定に該当する事由があるとして、良人の青色申告の承認を取り消す旨の処分(以下「本件承認取消処分」という。)をした。

その後の不服申立ての経過は、別紙一の表1に記載のとおりである。

3  良人の昭和六一年及び昭和六二年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税についての各申告、これに対する課税処分及び不服申立ての経過は、別紙一の表2及び3に記載のとおりである(以下、平成二年三月一四日付けでなされた本件係争年分の更正及び過少申告加算税賦課決定を総称して「本件各更正」及び「本件各決定」という。)。

二  本件各更正及び各決定の課税根拠についての被告の主張

1  本件係争年分の総所得金額及びその算出根拠

被告は、本件承認取消処分をした上、本件各更正をしたが、その際、良人の本件係争年分の総所得金額のうち事業所得金額について、次のとおり推計の方法によりその額を算出した。被告は、本件各更正における総所得金額はいずれも次のとおり算出された総所得金額の範囲内にあるから、本件各更正は適法であると主張する。

(一) 昭和六一年分

(1) 事業所得金額 三六一万二八六七円

右金額は、次のイの金額から、ウからオまでの金額を控除して算出した額である。

ア 総収入金額 六〇八万四二五〇円

右金額は、良人が個人タクシー業に使用していた車両(以下「本件車両」という。)の昭和六一年分の総走行距離四万八六七四キロメートルに、個人タクシー業を営む青色申告者で、かつ、良人と規模の類似する者(以下「比準同業者」という。)の走行距離一キロメートル当たりの平均収入金額(以下「キロ当たり平均収入金額」という。)一二五円を乗じて算出した額である。右キロ当たり平均収入金額の算出方法は、別紙二の表1〈3〉欄に記載したとおりである。

右総走行距離については、当事者間に争いがない。

イ 算出所得金額 四三二万七一一八円

右金額は、アの金額に、比準同業者の算出所得率(総収入金額から一般経費を控除した額の総収入金額に対する割合)の平均値(以下「平均算出所得率」という。)七一・一二パーセントを乗じて算出したものである。右平均算出所得率の算出方法は、別紙二の表1〈5〉欄に記載のとおりである。

ウ 減価償却費の額 五〇万九四九〇円

右金額は、本件車両に係る減価償却費の額である。

エ 借入金利子の額 六万七六一円

右金額は、良人の住友銀行葛飾支店に対する借入金に係る支払利息の額である。

オ 地代家賃の額 一四万四〇〇〇円

右金額は、良人が訴外菊田政博に対して支払った駐車場賃借料の額である。

ウからオまでの金額については、当事者間に争いがない。

(2) 給与所得金額 四七万九二九九円

右金額は、良人が昭和六一年分の確定申告書に給与所得として記載した額である。右金額については、当事者間に争いがない。

(3) 総所得金額 四〇九万二一六六円

右金額は、(1)と(2)の金額の合計額である。

(二) 昭和六二年分

(1) 事業所得金額 三八八万三七八三円

右金額は、次のイの金額から、ウからオまでの金額を控除して算出した額である。

ア 総収入金額 六二四万三三五〇円

右金額は、本件車両の昭和六二年分の総走行距離五万一一七五キロメートルに、比準同業者のキロ当たり平均収入金額一二二円を乗じて算出した額である。右キロ当たり平均収入額の算出方法は、別紙二の表2〈3〉欄に記載のとおりである。

右総走行距離については、当事者間に争いがない。

イ 算出所得金額 四五七万八二四八円

右金額は、アの金額に比準同業者の平均算出所得率七三・三三パーセントを乗じて算出したものである。右平均算出所得率の算出方法は、別紙二の表4〈5〉欄に記載のとおりである。

ウ 減価償却費の額 五〇万九四九〇円

右金額は、本件車両に係る減価償却費の額である。

エ 借入金利子の額 二万八九七五円

右金額は、良人の住友銀行葛飾支店に対する借入金に係る支払利息の額である。

オ 地代家賃の額 一五万六〇〇〇円

右金額は、良人が訴外菊池政博に対して支払った駐車場賃借料の額である。

ウからオまでの金額については、当事者間に争いがない。

(2) 給与所得金額 四一万七一六円

右金額は、良人が昭和六二年分の確定申告書に給与所得として記載した金額である。右金額については、当事者間に争いがない。

(3) 総所得金額 四二九万四四九九円

右金額は、(1)と(2)の金額の合計額である。

2  本件各決定の根拠

被告は、国税通則法(昭和六一年分決定については昭和六二年法律第九六号による改正前、昭和六二年分決定については右改正後のもの)六五条一項及び四項に基づき、本件各更正により新たに納付すべきこととなった所得税額である昭和六一年分三一万七七〇〇円及び昭和六二年分三二万一〇〇円を基礎として計算した過少申告加算税をそれぞれ賦課決定したものであるから、本件各決定はいずれも適法である。

第三本件の争点

本件においては、本件承認取消処分並びに本件各更正及び各決定の適法性が争われているが、争点及び当事者双方の主張の要旨は次のとおりである。

一  本件承認取消処分の適法性について

1  良人には法一五〇条一項一号に定める青色申告承認取消事由に該当する事実があったか否か。

(一) 被告の主張

法一四八条一項は、青色申告者に対し、帳簿を備え付けて取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存することを義務付ける旨を定め、法一五〇条一項一号は、この義務に違反したときは、青色申告の承認を取り消すことができると定めている。右規定の趣旨は、税務署長が法二三四条に基づき納税者の帳簿書類について質問調査をなし得ることを前提として、右調査により、青色申告者が帳簿書類の備付け、記録及び保存を正しく行っていることを確認することができた場合に限り、青色承認による特典を与えるというものである。

そうすると、青色申告者が帳簿書類についての提示要求に応じないため、税務署長において、その備付け等が正しく行われていることを確認することができないときは、法一五〇条一項一号に定める青色申告の承認の取消事由に該当するものと解すべきである。

また、税務調査において、第三者の立会いについては、法律上の定めがなく、第三者の立ち会いを許すか否かは権限ある税務職員の合理的な裁量にゆだねられているところ、調査の内容は被調査者のみならず、その取引の相手方等の営業上の秘密に及ぶことが少なくないから、税務職員が、守秘義務を負わない第三者の立会いを拒むことは、正当な処置というべきである。

本件において、良人は、被告担当職員による昭和六三年一〇月三一日の調査(以下「第一回調査」という。)に際し、運転日報、領収証及び走行距離、実車キロ、回数、運送収入、燃料費等の月別集計表を提示したが、同年一一月二一日の調査(以下「第二回調査」という。)以後、同職員が再三帳簿書類を提示するよう要請しても、第三者の立会いのもとでなければ見せることはできないとして応じなかった。

したがって、被告は、良人が帳簿書類の備付け等を正しく行っているか否かを確認することができなかったのであるから、良人には法一五〇条一項一号に定める取消事由に該当する事実があったことは明らかである。

(二) 原告らの主張

(1) 法一五〇条一項一号は、備付け、記録及び保存を、それぞれ別個独立の概念として規定しているところ、一個の行為が右のいずれにも評価できるという概括的な解釈が許される余地はあり得ないから、青色申告者が帳簿書類の提示を拒否しても、右規定に定める取消事由には該当しない。

(2) 仮に、帳簿書類の提示の拒否が右の取消事由に該当するとしても、良人が帳簿書類の提示を拒否した事実はない。すなわち、良人は、第一回調査において、被告担当職員に協力して帳簿書類をすべて提示し、同職員はこれを詳しく調査しており、第二回調査においては本件車両メーターの提示を要請されたにとどまり、その後、同職員から帳簿書類の提出を要請されたことはなかった。

また、右の取消事由の認定は慎重になされるべきであり、納税義務者による帳簿書類の提示の拒否は、税務当局が、調査の全過程を通じてその備付け状況等を確認するため社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことが客観的にみてできなかったと考えられる場合に限られるべきである。本件において、良人には帳簿書類を提示する意思があったにもかかわらず、被告担当職員は、その意思を確認せずに、第三者の立会いを口実に調査を放棄したものであるから、右にいう努力を行ったものとはいえない。

2  本件調査は適法なものであったか否か。

(一) 原告らの主張

被告がした良人に対する税務調査(以下「本件調査」という。)は、事前通知や具体的な調査理由の開示をせず、第三者の立会いを口実に一方的に調査を拒否、放棄し、良人に対して十分な調査をしないまま反面調査をするなど、社会通念上相当な限度を逸脱しており、違法である。

(二) 被告の主張

法二三四条に基づく税務調査において、質問検査の範囲、程度、時期、場所等法律上特段の定めのない実施の細目については、権限ある税務職員の合理的な裁量にゆだねられているから、税務調査が社会通念上相当な限度を逸脱したものといえない限り、右調査は違法となるものではない。

本件において、被告担当職員は、事前連絡をかねて、できるだけ良人の構えない状況を見るために、事前通知をしないで良人方に臨場したのであり、また、良人に対し、調査理由は昭和六〇年分から昭和六二年分までの所得税の申告所得金額が正しいかどうかの確認である旨を告げているから、同職員の対応は社会通念上相当であるというべきである。

3  本件承認取消処分は他事考慮に基づく違法なものか否か。

(一) 原告らの主張

本件承認取消処分は、かねてから足立東民主商工会(以下「民商」という。)を敵視していた被告が、民商に加入してる良人に対し、その組織破壊を目的として、本件調査における立会人の存在を口実として行ったものである。葛飾税務署(以下「署」という。)において、所得税第七部門の調査官が所得税第四部門に大量に異動しており、このような人事異動をみると、民商会員の調査を専門に担当する部門が第七部門から第四部門に変更されたことが窺われるから、本件承認取消処分が民商の組織破壊を目的としてされたものであることが明らかである。

したがって、本件承認取消処分は、個別的な適法要件を欠くばかりではなく、民商の結社の自由を侵害する性格を有し、他事考慮に基づく違法なものである。

(二) 被告の主張

被告は、良人の申告所得金額が適正か否かについて税務調査の必要性があると判断して本件調査をしたのであり、他事考慮をした事実はない。

二  本件各更正及び各決定の適法性について

1  推計の必要性があるか否か。

(一) 被告の主張

被告担当職員は、昭和六三年一〇月二〇日から平成元年二月二三日までの間、良人に対し、調査への協力及び帳簿書類等の提示を要求したにもかかわらず、良人は、第三者の立会いがなければ帳簿書類は見せられないなどと主張して調査を拒否し、自らの事業所得の計算根拠を明らかにしなかった。そのため、被告は、良人の総所得金額を実額により算定することができず、推計の方法によって算定せざるを得なかったものであり、推計の必要性があることは明らかである。

(二) 原告らの主張

良人は、第一回調査において、被告担当職員の調査に協力して帳簿書類をすべて提示しており、同職員はこれを詳しく調査している。同職員は、第二回調査において、本件車両のメーターの調査を一方的に拒否、放棄し、その後は帳簿書類やメーターの調査をしようとしなかった。このように、被告は、実額計算をすることが十分に可能であったのに、これを行わなかったものであるから、推計の必要性がないことは明らかである。

2  推計の合理性があるか否か。

(一) 被告の主張

被告が本件係争年分の事業所得金額を算出した方法は、前記第二、二1のとおりであり、キロ当たり平均収入金額及び平均算出所得率の算出の基礎とした比準同業者については、次の基準によって抽出した。すなわち、被告は、比準同業者として、良人が居住し、かつ、被告あてに申告する葛飾区東四つ木地区において、個人タクシー業を営む個人事業者のうち、本件係争年分の各年分ごとに次のすべての条件に該当する者(以下「本件比準同業者」という。)を抽出した。

(1) 本件係争年分において、青色申告の承認を受け、青色申告決算書を提出している者

(2) 個人タクシー業に使用している車両の総排気量が二リットルであり、かつ、その総走行距離が次の範囲内である者

昭和六一年分については、二万四三三七キロメートル以上九万七三四八キロメートル以下の者

昭和六二年分については、二万五五八七キロメートル以上一〇万二三五〇キロメートル以下の者

(3) 年を通じて個人タクシー業を営んでいる者

(4) 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者

(5) 不服申立て又は訴訟係属中でない者

そうすると、本件比準同業者は、業態及び地域において良人と類似性を有する青色申告者であるから、右抽出基準には合理性がある。また、被告は、前記(1)から(5)までの基準に該当する者のすべてを抽出したものであるから、その抽出過程に被告の恣意が介在する余地はない。

したがって、本件比準同業者のキロ当たり平均収入金額及び平均算出所得率を用いて良人の本件係争年分の総収入金額及び算出所得金額を推計した方法には合理性がある。

(二) 原告らの主張

良人は、重いリュウマチに罹患しており、日常生活動作、特に歩行動作が困難で、通院、日常的な移動、東京個人タクシー労働組合や民商等の会合に本件車両を使用していたことから、同業者に比べて私用走行が非常に多いという特殊事情があった。

したがって、このような特殊事情を全く考慮していない被告の推計方法は、合理性を欠くというべきである。

第四争点に対する判断

一  本件承認取消処分の適法性について

1  良人には法一五〇条一項一号に定める青色申告承認の取消事由に該当する事実があったか否かについて

(一) 法一五〇条一項一号は、青色申告の承認を受けた者について、その年における業務に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていない場合には、その年までさかのぼって、右の承認を取り消すことができるものと定めている。

ところで、青色申告制度は、納税者が自ら所得金額及び税額を計算して自主的に申告して納税する申告納税制度のもとにおいて、適正課税を実現するために不可欠な帳簿の正確な記帳を推進する目的で設けられたものであり、適式に帳簿書類を備え付けてこれに取引を忠実に記載し、かつ、これを保存する納税者について、特別の青色申告書による申告を承認し、課税手続上、所得ないし税額計算上、種々の特典を付与するものである。そして、法は、青色申告者に対して特典を付与する一方で、一定の帳簿書類を備え付けて取引を記録し、その帳簿書類を保存することを義務付けているが、このことは、税務署長が、法二三四条に基づく質問調査により、帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを確認することを当然に予定しているものと考えられる。

右のような青色申告制度の趣旨と仕組みにかんがみると、法一五〇条一項一号は、税務署長において、青色申告者に義務付けられている帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを確認できる場合に限って青色承認による特典を与え、これに反する場合には青色承認を取り消し、右の特典を喪失させるものであると解するのが相当である。このことからすると、右規定に定める取消事由には、帳簿書類の備付け、記録又は保存が行われていない場合のほか、たとえ帳簿書類の備付け、記録及び保存自体が行われているとしても、青色申告者が税務職員の調査に正当な理由なく応じようとせず、帳簿書類の提示を拒否したため、税務署長においてその備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを確認することができない場合をも含むものというべきである。

(二) これに対し、原告らは、青色申告者が帳簿書類の提示を拒否しても、法一五〇条一項一号に定める取消事由には該当しないと主張する。

しかしながら、青色申告制度は、申告の基礎となった納税者の帳簿書類の正しさに対する課税庁の信頼が存在することを前提として成り立つものであるから、税務署長において、納税者が調査を拒否するため帳簿書類の不備や不正の存否等を確認することができない場合にまで、青色承認による特典の享受を認めなければならないとすることは、右制度の趣旨に反するものであるというべきである。さらに、法が、青色申告者について、原則として帳簿書類を調査しなければ更正をすることができないと定め(一五五条一項)、推計課税を認めない旨を定めている(一五六条)ことに照らしても、法は、青色申告者が帳簿書類の調査を拒否したときには、青色承認を取り消すことができることを当然に予定しているものというべきである。

したがって、原告らの右主張を採用することはできない。

(三) そこで、本件調査の経過についてみると、証拠(原告邦子本人尋問の結果、証人川島幸美(以下「川島」という。)及び同三田正義(以下「三田」という。)の各証言、乙三号証並びに末尾に掲記の各書証)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 葛飾税務署所得税第四部門統括国税調査官である川島は、最上広志調査官(以下「最上係官」という。)に対し、良人の所得税の調査を命じた。良人を調査対象に選定したのは、次の理由による。すなわち、被告は、良人が昭和四八年に個人タクシーを開業して以来、良人に対する税務調査をしていなかったところ、良人は、昭和五五年一一月六日に自宅を新築し、昭和六一年七月一六日にその底地を取得しており、このような資産の取得状況からみて、申告所得が過少ではないかという疑いがあった。(乙四、五号証)

川島は、最上係官に対し、個人タクシー業者の場合に考えられる過少申告のパターンを説明し、日々の走行距離等を記録したものを確認すること、帳簿書類の記帳状況、保存状況等を確認すること、タクシーの実際のメーターを見て、総走行距離、燃料費を確認することを指示した。

(2) 最上係官は、昭和六三年一〇月二〇日、良人宅に臨場し、良人に対し、身分証明書及び検査章を提示し、昭和六〇年分から昭和六二年分までの所得税の調査のために訪問した旨を告げて、調査への協力を依頼した。ところが、良人は、風邪気味であるため調査を後日にするように求めたので、最上係官は、本件車両の車種、営業時間帯等の事業概況を聴取するにとどめ、数日後を調査日とすることを約束して、良人方を辞去した。

(3) 翌日、良人から最上係官に対し、約束した調査日は都合が悪い旨の連絡があったので、調査日は同月三一日に変更された。

最上係官は、同月三一日、良人方に臨場したところ、良人以外に民商の事務局長である三田をはじめとして、同会の会員及び事務局員ら(以下「会員ら」という。)一二人が同席していた。最上係官は、良人に対し、調査に関係のない第三者の退席を再三要請したところ、会員らは退席して二階へ上がって行った。

最上係官が帳簿書類の提示を求めると、良人は、運転日報、簡易帳簿及び領収証を提示したので、同係官は、右の書類から本件係争年分の月別走行距離、実車距離、燃料費等を書き写した。(甲八号証、乙八号証の1から3まで)

最上係官は、約二時間調査をしたが、経費内容については、領収証等の全部を確認することはできなかった。また、最上係官は、本件車両のメーターを見て総走行距離等を確認しようとしたが、同車両は車検に出されているため、確認することができなかった。そこで、最上係官は、次回の調査日にメーターを見せて欲しい旨要請して、良人宅を辞去した。

川島は、右同日、最上係官の復命を受けて、次回の調査では、本件車両のメーターを見せてもらうこと、燃料費等経費関係の確認をすること、正式な現金出納帳があるか否かを確認することを指示した。

(4) 最上係官は、同年一一月一一日、良人宅へ電話をかけて、次回の調査日をいつにするかを聞いたところ、良人は、組合に相談してから決めたいと申し入れた。川島は、次回の調査日がなかなか決まらず、調査が進展しないことから、最上係官に対し、良人が調査に協力しないのであれば、署で独自の調査をする旨を良人に伝えるように指示した。

(5) 最上係官は、事前に電話で約束した上で、同年一一月二一日、良人宅に臨場したところ、三田を含む会員ら四名が同席していた。

最上係官は、本件車両のメーターを見せるように要請したが、良人は、病気のため本件車両の私的走行が多いという事情を話すとともに、具体的な調査理由や第一回調査での具体的な不明点を言わなければ帳簿書類、メーターを見せることができない旨主張し、これに応じようとはしなかった。最上係官が、なおもメーターを見せるように求めると、右会員らは、同係官に対し、良人の話を聞くように抗議した。最上係官は、調査に関係のない第三者を退席させるように要請したが、良人はこれに応じなかった。そこで、最上係官は、臨場後約二〇分で調査を打ち切り、署で独自の調査をする旨を告げて、良人方を辞去した。

(6) 川島は、右同日、最上係官の復命を受けて、燃料費についてはLPGスタンドを、不動産ローンについては取引銀行を、本件車両の購入費については同車のディーラーを、それぞれ反面調査するように指示した。

その一方で、川島は、再度良人を説得して帳簿書類を提示させるように指示した。そこで、最上係官は、同年一二月一二日、良人に電話をかけて調査に協力するよう要請し、帳簿書類を提示しなければ青色承認が取り消されることもあり得る旨を告げたが、良人は、立会人がいるところでなければ帳簿を見せることができないと言った。

(7) 最上係官は、更に良人を説得するため、同年一二月一三日、良人宅に臨場し、調査に協力して帳簿書類を提示するように要請した。これに対し、良人は、「あなた達も民商のやり方はよく知っていると思うが、立会人がいるところでなければ帳簿を見せることができないことになっている。」と言って、調査に応じようとしなかった。

川島は、右同日、最上係官の復命を受けて、本件車両の実際の走行距離を把握するために、同車のディーラーが保有する定期点検整備記録簿を調査すること、比準同業者を抽出することを指示した。

最上係官は、同月一四日、右ディーラーである株式会社関東マツダ葛飾営業所に行き、本件車両の定期点検整備記録簿を見て、総走行距離を書き写した。(乙六、七号証)

(8) 最上係官は、平成元年二月上旬、良人に電話をかけて、調査に協力して帳簿を提示するように要請したが、良人はこれに応じなかった。

さらに、最上係官は、同月二一日、良人宅へ電話をかけて、今まで何回も帳簿書類を見せてくれるように要請したが、結局帳簿書類を見せてもらえなかったので、このままでは青色申告の承認が取り消されることになる旨を告げた。また、最上係官は、良人に対し、反面調査による調査額を伝え、修正申告を勧めるとともに、右の額に質問、疑問点があれば、明日にでも帳簿書類を持参して署に来るように告げた。

(9) 良人は、同年二月二三日午後四時ころ、来署したので、川島と最上係官が面会し、調査額の計算過程を説明した。

川島が良人に対し、明日にでも帳簿書類を持ってくれば、青色申告の承認を取り消さない旨を告げたところ、良人は、「私にも相談したい人がいる。その人に相談してみる。」と言って、その場を辞去した。

しかし、その後、良人から何も連絡はなかった。

以上の事実を認めることができ、原告邦子本人尋問の結果及び証人三田の証言のうち、これに反する部分は採用することができない。

なお、原告らは、証人川島の証言は、最上係官からの復命による間接的なものである上、(最上係官は、平成四年二月一一日に死亡している。)、最上係官の復命内容自体が記憶だけに基づくものであること、川島の伝聞内容も記憶だけに基づいていることなどから、これを信用することができないと主張している。しかしながら、川島は、署に勤務当時、所得税第四部門統括国税調査官として調査担当部門の管理監督者の立場にあり、調査事案を選定して部下職員に調査を命じ、調査について具体的に指示し、調査後は復命を受けるなど、調査の進行状況を常に把握していたこと、調査の復命は、通常調査当日に行われたこと、良人は本件承認取消処分後約一週間で死亡したため、良人のことが印象的で記憶が鮮明であったと考えられること、良人の死亡後、川島と最上係官は打ち合わせをして、相互に記憶を喚起したことを認めることができ、このような点にかんがみれば、証人川島の証言は信用することができるというべきである。

(四) 以上の認定事実によれば、良人は、第一回調査において、最上係官に対し、日別輸送実績表、簡易帳簿及び領収書を提示したものの、第二回調査以後、本件車両のメーターを見せることを拒むなど調査に非協力的な態度に転じ、最上係官が帳簿書類の提示を要請しても、立会人がいるところでなければ見せることができないとしてこれに応じなかったため、被告は、良人の帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているかどうかを確認できなかったものということができる。

そうすると、良人には、法一五〇条一項一号に定める取消事由に該当する事実があったものというべきである。

(五) これに対し、原告らは、第二回調査以後、被告担当職員が良人に対して帳簿書類の提示を求めた事実はないと主張し、証人三田の証言中には、最上係官が第一回調査終了後帳簿書類については特に問題がない旨発言したとの部分及び甲六号証(第一回調査の際、三田らが録音したテープを反訳したもの)には、同係官の大きな問題点は特に感じなかったとの発言についての記載がある。

しかしながら、甲六号証によれば、右発言は、第一回調査の際に調査した範囲内では大きな問題点は特に感じなかったという趣旨のものであり、一方では、第一回調査終了後、最上係官は良人に対し、本件車両のメーターを確認してから総合的な判断をしたい、問題点については後日話すと言った旨も記載されていることが認められる。また、証人川島の証言によれば、第一回調査では経費関係についての確認が終っていなかったこと、最上係官が反面調査によって把握した総走行距離と簡易帳簿の記載との間には落差があり、再度、帳簿書類を比較検討する必要があったこと、川島と同係官が署で良人に面接した際、同係官は良人に対し、問題がないとは言っていない、次回車のメーターを見せてもらってから話すと言った旨を述べたことを認めることができる。

そうすると、甲六号証に記載するような発言をもって、被告担当職員において、第一回調査において提示された帳簿書類には全く問題がなかったとか、帳簿書類の調査が既に終了しており、その提示を求める必要がなくなったとの認識を有していたとの事実を認めることはできず、右発言をもってしても、被告担当職員が第二回調査以後にも帳簿書類の提示を求めたという前記認定を覆すに足りないというべきである。

(六) 原告らは、良人が帳簿書類を提示する意思を有していたにもかかわらず、被告担当職員は調査を放棄したもので、社会通念上当然に要求される程度の努力を行わなかったと主張する。

しかし、前記認定のとおり、最上係官は、昭和六三年一〇月二〇日以降、良人方に四回臨場し、数回電話をかけるなどして、本件承認取消処分をする数日前まで、良人に対し、再三調査に協力して帳簿書類を提示するように求めていたにもかかわらず、良人がこれに応じなかったことが認められる。

このように、最上係官は、良人の協力を求めるためできるだけの努力をしており、良人から帳簿書類の提示を受けてその備付け等の確認をすることができなかったのは、むしろ、良人が立会人がいなければ帳簿書類を見せることができないと主張したことによるものというべきである。

したがって、原告らの右主張は失当である。

2  本件調査は適法なものであったか否かについて

原告らは、本件調査について、事前通知や具体的な調査理由の開示がされず、良人に対する十分な調査をせずに反面調査がされた違法があると主張する。

しかしながら、法二三四条による税務調査において、質問検査の範囲、程度、時期、場所、調査理由の開示の可否、開示の程度、事前通知の有無等の実施の細目については法律上特段の定めがなく、これらは、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限を有する税務職員の合理的な裁量にゆだねられているというべきである。

これを本件についてみるに、前記認定したとおり、最上係官は、昭和六三年一〇月二〇日、良人のありのままの姿を見るために事前連絡をせずに良人方に臨場したこと、その際、良人に対し、昭和六〇年分から昭和六二年分までの所得税の調査のために訪問した旨を告げたこと、第二回調査以後、良人が調査に協力しないため、質問調査によってはその総所得金額を確認することができないと判断して反面調査を開始したことが認められる。

そうすると、本件調査は、社会通念上相当な程度にとどまるものであるというべきであるから、原告らの右主張は採用することができない。

3  本件承認取消処分は他事考慮に基づく違法なものか否かについて

原告らは、本件承認取消処分は、被告が民商の組織破壊を意図して行ったものであり、違法であると主張する。

しかし、前記認定のとおり、被告が良人を調査対象に選定したのは、個人タクシーを開業してから調査をしていなかったこと、自宅の新築、その底地の取得等の資産の取得状況からみて、申告所得が過少でないかという疑いがあったことによるものであり、また、本件承認取消処分の根拠は、良人が本件調査において帳簿書類の提示を拒否したため、被告がその備付け等を確認できなかったことが、法一五〇条一項一号に定める事由に該当するものであることによるものと認められ、他に原告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告らの右主張は失当であるというべきである。

4  以上によれば、本件承認取消処分は、法一五〇条一項一号に基づき適法になされたものであるというべきである。

二  本件各処分及び各決定の適法性について

1  推計の必要性があるか否かについて

前記一1(三)の認定事実によれば、最上係官は、良人に対し、再三にわたり調査に協力して帳簿書類を提示するよう求めたにもかかわらず、良人は、第二回調査以後、第一回調査における具体的な問題点を言わなければ本件車両のメーターを見せることはできない、立会人のいるところでなければ帳簿書類を見せることはできないなどと主張し、調査に非協力的な態度をとったことが認められる。

良人のこれらの言動によれば、被告が良人の走行距離を把握するなどした上で帳簿書類を検討、調査して所得金額を算出することが不可能と判断される状況にあったものと認められる。

そうすると、被告が独自の調査を行い、その結果に基づき推計の方法によって良人の事業所得金額を算出する必要性があったことは明らかであるというべきである。

2  推計の合理性があるか否かについて

(一) 被告がした推計の方法は、良人の総走行距離に比準同業者のキロ当たり平均収入金額を乗じて総収入金額を算出し、右金額に比準同業者の平均算出所得率を乗じて算出所得金額を推計して、良人の本件係争年分の事業所得金額を算出するというものである。

(二) 乙一号証によれば、被告は、比準同業者として、前記第三、二2(一)のとおり、営業車の総排気量が二リットルで、総走向距離が良人のそれに比べて二分の一以上二倍以下であり、良人の近隣で個人タクシー業を営む青色申告の個人事業者を抽出したことが認められる。

右抽出基準は、業態の同一性、地域の類似性等の点において、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものであることが認められる。また、被告は右抽出基準に該当する者のすべてを抽出したものであって、その抽出過程に恣意が介在する余地は認められない。さらに、本件比準同業者はいずれも帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告者であって、本件係争年分において経営状態が異常であると認められるもの及び更正に対し不服申立て等をしている者が除外されていることに照らすと、算出所得率の算出根拠となる資料の正確性も担保されているというべきである。しかも、本件比準同業者の数は、本件係争年分いずれも一二名であり、同業者の個別性を平均化するに足りる抽出件数であるといえる。

したがって、被告がした推計の方法には、合理性が認められるというべきである。

(三) これに対し、原告らは、良人はリューマチに罹患していたため、通院や各種会合などへの出席等、日常生活においても営業車を使用しており、他の人より私用走行が多かったという特殊事情が存在する旨主張する。

確かに、良人は長年慢性関節リューマチによる多発性関節炎を患い、歩行動作が困難で、日常生活で種々の支障があったであろうことは推察されるところである。しかしながら、原告邦子本人尋問の結果によれば、良人が営業車で遠隔地の病院に通院したことはなかったこと、各種会合はほとんど足立区内で開催されたこと、良人は交通手段としてスクーターも使用していたことが認められるから、良人が私用走行をしていたとしても、これをもって、未だ他の同業者との格段の違いが生じるような特殊事情があったとまで認めることはできず、他に右の特殊事情を認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。

(四) そして、乙二号証の1、2によれば、本件比準同業者のキロ当たり平均収入金額及び平均算出所得率は、それぞれ、昭和六一年分については別紙二の表1〈3〉、〈5〉欄記載のとおりであり、昭和六二年分については別紙二の表2〈3〉、〈5〉欄記載のとおりであることが認められるから、良人の本件係争年分の算出所得金額は、昭和六一年分が四三二万七一一八円、昭和六二年分が四五七万八二四八円となる。

三  総所得金額

前記第二、二記載の当事者間に争いのない事実及び右の算出所得金額に基づいて計算すると、良人の本件係争年分の事業所得金額は、昭和六一年分が三六一万二八六七円、昭和六二年分が三八八万三七八三円となり、総所得金額は、昭和六一年分が四〇九万二一六六円、昭和六二年分が四二九万四四九九円となる。

四  結論

以上のとおり、本件承認取消処分は違法ではなく、また、本件推計課税には推計の必要性及び合理性が認められ、本件各更正の総所得金額は、いずれも右推計により算出した本件係争年分の総所得金額の範囲内となって、これを上回るものではないから、本件各更正及び本件各決定には違法はない。

したがって、原告らの本件請求は、いずれも理由がないから棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 武田光広 裁判官 森田浩美)

別紙一

表1

青色申告

〈省略〉

表2

昭和六一年分

〈省略〉

表3

昭和六二年分

〈省略〉

別紙二

表1

昭和61年分同業者率算定表

〈省略〉

表2

昭和62年分同業者率算定表

〈省略〉

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